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京都地方裁判所 平成6年(人)2号 判決

請求者

甲野春子

右代理人弁護士

川中宏

被拘束者

乙川夏美

右代理人弁護士

佐渡春樹

拘束者

乙川一郎

右代理人弁護士

上羽光男

主文

一  被拘束者を釈放し、請求者に引き渡す。

二  本件手続費用は拘束者の負担とする。

事実及び理由

第一請求

主文同旨の判決。

第二事案の概要

一請求の類型(訴訟物)

本件は、請求者(もと妻)が拘束者(もと夫)に対し、その間に生まれた被拘束者(幼児)の引渡を求める人身保護請求事件である。

二前提事実(争いがない事実)

1  当事者の身分関係

昭和六二年一〇月三一日、請求者と拘束者は、婚姻の届出をした。

昭和六三年二月八日、被拘束者は、両者の長女として生まれた。

平成五年一二月二七日、拘束者と請求者は、協議離婚をし、その際、親権者を請求者とする旨の届出がされた。

2  拘束者の被拘束者に対する監護等

被拘束者は、請求者と拘束者が別居をした平成五年二月三日頃から、請求者肩書地所在の実家(以下、単に実家という)で請求者と生活を共にし、A市B町の団地内にあるC保育園に通園していた。

平成五年一二月二一日、拘束者は右保育園に現れ、被拘束者を拘束者肩書地所在の住居(以下、拘束者宅という)に連れ帰った。

平成五年一二月三一日、請求者が拘束者宅に被拘束者を迎えに行ったことがあるが、結局、被拘束者を連れて帰ることはできなかった。以後、現在に至るまで、拘束者が拘束者宅において被拘束者を監護している(以下、本件拘束という)。

3  被拘束者の現在の状況

被拘束者は、現在、六歳の女の子であり、今年(平成六年)四月からは小学校に入学する予定である。被拘束者の世話は、拘束者と同居している丙野明代(以下明代という)が主として見ているが、拘束者は被拘束者を保育園に通園させていない。

三争点

1  拘束者の被拘束者に対する拘束の有無

2  本件拘束の違法性、即ち、拘束者の監護権の存否ないしその行使の許否。

3  本件拘束の違法の顕著性、即ち、被拘束者の幸福と本件拘束の当、不当。

四争点に関する当事者の主張

1  争点1(拘束者の被拘束者に対する拘束の有無)

(一) 請求者の主張(請求の理由)

平成五年一二月二一日午後五時頃、拘束者は、三人の男を引き連れて被拘束者が通園しているC保育園に現れ、「夏美一緒に行くぞ」と被拘束者に声をかけ、「いやや」と泣き叫ぶ被拘束者を抱き抱えて連れ去ろうとした。拘束者は、これを止めようとした保母東川陽子に対し、足で腹部をけるなどの暴行を加えた。さらに、連れの三人の男は、拘束者の行為を阻止しようとしたC保育園の園長に対し、「お前らには関係ないやろ」等と大声で威嚇した。このようにして、拘束者は、連れの三人の男とともに被拘束者を自動車に乗せて連れ去った。右のとおり、拘束者を含む複数の男らは、被拘束者をその意思に反して無理やり暴力で連れ去ったものであり、本件拘束の開始は、その態様、方法等において極めて違法性が強い。

拘束者は、現在に至るまで被拘束者を拘束者宅で拘束しているが、ほとんど外出させず、保育園にも通園させていない状況である。

よって、請求者は、人身保護法二条及び同規則四条により、被拘束者の救済を求める。

(二) 拘束者の主張(請求の理由の認否)

平成五年一二月二一日、拘束者が高校時代の友人二人と共にC保育園を訪れ、被拘束者を拘束者宅に連れ帰ったことは認める。しかし、拘束者が右保育園の保母に対し暴力を振るったことはない。又、被拘束者は、現在保育園に通園していないが、これは被拘束者自身の意思に基づくものであり、拘束者が被拘束者の行動を拘束しているわけではない。

2  争点2(本件拘束の違法性)

(一) 拘束者の主張

(1) 本件拘束の開始時(平成五年一二月二一日)においては、拘束者と請求者は夫婦であり、被拘束者は拘束者の親権に服していた。だから、拘束者が被拘束者をC保育園から拘束者宅に連れ帰った行為は、拘束者の親権、監護権の正当な行使として何ら違法ではない。

(2) その後、同月二七日になって拘束者は請求者と協議離婚をしたが、その際、請求者との間で拘束者を被拘束者の親権者とする旨の合意が成立した。

それにも拘わらず、請求者が拘束者に無断で親権者を請求者に変更して届出をした。そうであるから、右親権者指定は無効であり、拘束者が拘束者宅において被拘束者を監護することは監護権の行使として何ら違法ではない。

(二) 請求者の主張

請求者と拘束者は、平成五年一二月二七日、親権者を請求者と定めて協議離婚した。したがって、被拘束者を親権に基づいて監護すべき権限を有しているのは、請求者のみであり、拘束者には被拘束者を監護すべき権限はない。

そうであるから、本件拘束の開始時(同月二一日)には、拘束者にも親権があり、その違法性が仮に明白でなかったとしても、少なくとも、請求者と拘束者が協議離婚をした日の翌日(同月二八日)以降、拘束者は被拘束者に対し親権に基づく監護権を行使しえなくなったのであるから、その拘束が違法性を帯びるに至ったことは明白である。

3  争点3(本件拘束の違法の顕著性)

(一) 拘束者の主張

(1) 仮に、拘束者に被拘束者に対する監護権がないとしても、次のとおり、拘束者に比して請求者が被拘束者を監護する方がその子の幸福に反することが明白であり、本件拘束の違法性は顕著とはいえない。

イ 請求者は、わがままで自己中心的であり、拘束者の言うことを聞かない自己中心的な性格である。拘束者は、請求者に対し、被拘束者を家庭において養育して欲しいと申入れたが、請求者はこれを無視して勤めを続け、被拘束者をC保育園に入園させた。

ロ 請求者は、勤め先の同僚と浮気をし、これが拘束者に発覚してから、夫婦生活の円滑を欠くようになった。

ハ 拘束者が請求者と別居するようになったのは、請求者の右浮気が原因である。請求者は、京都家庭裁判所に対し、離婚調停の申立をしたので、拘束者も出頭し、事情を述べた。ただ、二回目の調停は、請求者は仕事の都合で出頭できず、三回目、四回目の調停は、請求者が調停の呼出状を無断でポストから抜き取ってしまったので出頭することができず、結局、右離婚調停は不調に終わった。

ニ 平成五年一一月、拘束者は、離婚届に署名、押印をし、被拘束者の親権者を拘束者とする旨の離婚届用紙を被拘束者を介して請求者に渡した。

ところが、同年一二月二七日、請求者は拘束者に無断で親権者を請求者に変更して届出をしてしまった。

ホ 同月三一日、請求者が拘束者宅に被拘束者を迎えに行ったときに、被拘束者が請求者の実家に帰らなかったのは、実家の祖父(請求者の父武)に愛人がおり、家庭内が暗く、被拘束者の言うことを全く聞いてもらえなかったためである。

ヘ このように、請求者の実家は、被拘束者の祖父(請求者の父武)が浮気をして愛人を作り、家庭内が暗く被拘束者を養育する環境としては好ましくない。又、請求者自身、前示のとおり、勤務先の同僚と浮気をしていたものであって、被拘束者を養育する適格を有していない。

(2) 次のとおり、拘束者が被拘束者を監護する方が請求者が監護するよりもその子の幸福に適することが明白である。

イ 居住環境、監護能力、監護意欲、愛情等

平成五年一〇月頃から、拘束者は、明代と同居するようになった。明代は、平成六年一月、前夫との離婚届を出したところなので、それから六か月を経過しないと拘束者と婚姻できないが、拘束者は、右六か月が経過すれば、明代と婚姻するつもりでいる。

明代は、保母の資格を持ち、被拘束者を自分の赤ん坊と同様、心を尽くして世話をしており、被拘束者も、明代になつき、その赤ん坊を弟のように可愛がっている。このように、被拘束者は、拘束者と近々婚姻予定の明代と拘束者のもとで健やかに生活している。

ロ 収入(経済力)

拘束者は、自動車の運転手として働いており、一か月三五万ないし四五万円程度の収入を得ており、被拘束者を養育するうえで十分な経済力を有している。

ハ 被拘束者は請求者のもとに帰りたくないと言っている。

被拘束者は、現在、保育園に通園していないが、これは被拘束者自身の意思に基づくものである。

(二) 請求者の主張

(1) 仮に、本件拘束が拘束者の監護権の行使に基づくものであるとしても、次のとおり、請求者が被拘束者を監護する方が拘束者が監護するよりもその子の幸福に適することが明白である。

イ 居住環境

請求者の実家は、請求者の父武所有の二階建て住宅である。請求者は、拘束者と別居してから、本件拘束までの間、被拘束者と実家で生活していたのであって、被拘束者の居住環境としては良好である。

ロ 収入(経済力)

請求者の父武は、郵便局に勤めていたが、現在は退職して老人ホームの介護の仕事をしている。右仕事で月一六万円程度の収入を得ており、その他、年金で月二〇万円程度の収入を得ている。請求者の母秋子は、パートに出ており、月七万円程度の収入を得ている。請求者は、会社事務の仕事をしており、月約一二、三万円程度の収入を得ている。請求者は、右父武、母秋子から全面的に生活の援助を受けている。

ハ 監護能力、監護意欲、愛情

請求者は、拘束者と別居してからは、実家から被拘束者をC保育園へ自動車で送り迎えをしており、その監護能力、監護意欲は十分である。

請求者は、被拘束者に対する愛情も旺盛で、被拘束者と離れて暮らすことなど考えたこともない。被拘束者は、本件拘束までは、実家において、愛情に満ちた請求者(母親)と祖父母(請求者の父武、母秋子)と生活して健やかに育っていた。

(2) これに対し、次のとおり、請求者に比して拘束者が被拘束者を監護する方がその子の幸福に反することが明白である。

イ 居住環境

拘束者は、鬱病を患っていたが、現在でも、精神的に異常をきたしているのではないか疑われるような奇怪な言動が多い。したがって、拘束者のもとで被拘束者を養育させることは、被拘束者の情緒の発達にとって好ましくない。

被拘束者は、現在、保育園に通園しておらず、昼は明代とその赤ん坊と一緒に、拘束者宅(六畳、4.5畳、三畳と台所の間取りの府営住宅)で暮らしている。被拘束者が外に出て遊ぶことは滅多にない状況である。

ロ 監護能力、監護意欲、愛情

拘束者は、請求者と同居中も、共働きなのに被拘束者の保育園の送り迎えをしたことがなく、保育園の父親参加の行事にも出たことがない。

拘束者は、現在、陸送会社の自動車運転手をしている関係上、自ら被拘束者を監護することは不可能であり、拘束者宅に同居している明代に面倒を見させている。このように、拘束者の被拘束者に対する監護能力、監護意欲は十分ではない。

拘束者は、別居以来、実家の被拘束者に会いに来たことはないし、会わせるように要求したこともない。保育園には、平成五年一一月までは被拘束者に会いに来たこともなかった。このように、拘束者は、被拘束者に対し愛情を持っているとは到底いえない。

第三争点の判断

一争点1(拘束者の被拘束者に対する拘束の有無)の検討

前示第二の二1、2の前提事実(争いがない事実)によれば、被拘束者は現在六歳の幼児であり、意思能力がないと推認されること、拘束者は現在に至るまで被拘束者を拘束者宅で監護していることが明らかであるところ、意思能力のない幼児を監護するときには、当然幼児に対する身体の自由を制限する行為が伴うものであるから、その監護自体は、右監護方法の当、不当、又は愛情に基づくものか否かにかかわりなく、人身保護法二条及び同規則三条にいう「拘束」にあたるものと解すべきである(最判昭四三・七・四民集二二巻七号一四四一頁参照)。

したがって、拘束者の被拘束者に対する監護(本件拘束)は、右にいう拘束に該当することは明らかである。

二争点2(本件拘束の違法性)の検討

1  昭和六二年一〇月三一日、請求者と拘束者は婚姻し、昭和六三年二月八日、被拘束者が出生したこと、本件拘束の開始時(平成五年一二月二一日)においては、被拘束者は請求者及び拘束者の共同親権に服していたことは当事者間に争いがない。

このように、夫婦が共同して親権を行使している場合には、夫婦の一方による幼児に対する監護は、親権に基づくものとして、特段の事情がない限り、適法というべきである(最判平五・一〇・一九判例時報一四七七号二二頁参照)が、その後、夫婦が離婚して一方が親権者として定められた場合には、その後の他方の幼児に対する監護は、特段の事情がない限り、違法となると解するのが相当である。

この点に関し、拘束者は請求者との協議離婚の際、拘束者を被拘束者の親権者とする合意が成立したにも拘わらず、請求者が自己を親権者とする旨の届出を無断でしたと主張(前示第二の四2(一)の拘束者の主張)するので、この点を検討する。

2 疎明資料(〈書証番号略〉)、前示第二の二の前提事実(争いがない事実)、審理の全趣旨によれば、次の各事実が一応認められる。

(一) 平成五年一一月一一日、拘束者が被拘束者をC保育園から連れ出した際、被拘束者に離婚届の用紙を持たせ、翌日、これを請求者に渡した。

(二) 右離婚届の用紙には、拘束者の署名、押印があり、親権者を拘束者とする記載がされていた。

(三) それにも拘わらず、右記載は訂正され、親権者を請求者とする旨の離婚の届出がされた。

(四) そこで、平成六年三月四日、拘束者は親権者変更の調停申立てを京都家庭裁判所にした。

3  しかし、他方、疎明資料(〈書証番号略〉、請求者)、審理の全趣旨によれば、次の各事実が一応認められる。

(一) 請求者が京都家庭裁判所に申立をした離婚調停においても、拘束者はころころと意見を変えたり、不出頭を繰り返す等していた。

(二) 拘束者が前示離婚届の用紙を請求者に渡した直後において、親権者を好きにしてよいと電話連絡してきたり、やはりそれは困ると再び電話連絡する等していた。

(三) しかし、最終的には平成五年一二月一九日頃、拘束者は、請求者に対し、親権はどうでもよい、親権者を拘束者とする旨は訂正してもよいから、一週間以内に離婚届を出すようにと電話連絡してきた。

(四) そこで、請求者は、拘束者の捨印を利用して、親権者を拘束者から請求者に訂正したうえ、離婚届を提出した。

4 そうすると、右3(一)ないし(四)の各事実に照らして考えれば、前示第三の二2(一)ないし(四)の各事実から拘束者主張の拘束者を親権者とする旨の合意の成立を推認することはできず、他に右合意を認めるに足る疎明資料がない。

そして、他に拘束者の被拘束者に対する離婚後の監護を適法ならしめる特段の事情の主張、疎明がない。

したがって、本件拘束が拘束者主張のように親権(監護権)の正当な行使として適法なものとは到底認められない。

三争点3(本件拘束の違法の顕著性)の検討

1 本件のように、夫婦が離婚して親権者でないもとの夫婦の一方が、子である幼児を監護している場合にも、いずれに子の監護をさせるのが子の幸福に適するのかを主眼として、子に対する違法な拘束の顕著性を判断すべきであるが、本来、子の監護権を有するのは、親権者であることに照らすと、親権者の監護の下におくことが子の幸福に明らかに反し、著しく不当なものであると認められない限り、非親権者の拘束はその違法性が顕著であると認めるのが相当である(最判昭四七・九・二六判例時報六八五号九五頁参照)。

そこで、被拘束者を親権者である請求者の監護の下におくことがその子の幸福に明らかに反し、著しく不当なものか否か(拘束者の前示第二の四3(一)の主張)を検討する。

2 疎明資料(〈書証番号略〉、拘束者)及び審理の全趣旨によれば、前示第二の四3(一)(2)イ、ロの各事実が、疎明資料(〈書証番号略〉、請求者)及び審理の全趣旨によれば、前示第二の四3(二)(1)イないしハの各事実が、一応認められる。

右認定の事実に照らすと、請求者及び拘束者双方の居住環境、監護能力、監護意欲、愛情、収入(経済力)等に直ちに優劣はつけ難く、被拘束者を親権者である請求者の監護の下に置くことが、拘束者の監護の下に置くことに比し、子である被拘束者の幸福に明らかに反しており、著しく不当であると認めることはできないといわざるを得ない。

してみると、本件拘束は、その違法性が顕著(人身保護規則四条)であり、その拘束は不当(人身保護法一条)であると考えるのが相当である。

第四結論

以上のとおり、本件拘束の違法性は顕著といえるから、本件人身保護請求を認容し、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官中村隆次 裁判官岡健太郎 裁判官河村浩)

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